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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(51)手続きの山とお役所仕事

午後になり姉と母は父の生命保険受け取りの手続きへ。私は市役所へ。まずは市民課。 葬祭費を私の口座に振り込んでもらうように書類を書く。 この時点で母の心配による精神的疲労が余程蓄積していたのであろう、このとき書いた口座番号は数字を一つ間違えて…

(50)徘徊の兆し

話し合いが終わると母はとっとと腰を上げどこかへと行く。 横になっているときもそうだが、一人で何かをしようとしているときは常に心ここにあらずといった様子だ。 周囲を見渡し誰が何をしているか等観察するといった態度が皆無なのだ。その日も不意に外套…

(49)ガスコンロにこだわる

私と姉は母を交え、父のいない、これからの新しい生活を一緒に考えようと切り出した。 まずリハビリのための通院をどうするか。 週に何度もバスで通うようなら定期券がいい。 調べると市で高齢者割引パスを発行しているようなのでこれを購入しようということ…

(48)デパスと副作用

母が処方されていた薬はデパス。 私はこのとき初めてその存在を知ったのだが、姉は自分が以前頼った薬も同じであったため知っていた。 その手の問題を抱える人たちにもお馴染みの薬であるらしい。 神経を落ち着かせる作用があるとのことで、母の不眠がやはり…

(47)問題が渋滞している

父の告別式から二日目。 母を取り巻く状況は更に深刻であることに気づかされる。 三年前にヘルニアの手術をしてから、母はしきりに足がふらつくのだと口にしていた。 そのため外科へリハビリに通っていたのだが、病院まではやや距離があり、父の運転する車で…

(46)ドラマ性を排除した我が家

子どもの頃からずっと、私は父と母の弱いところを見てこなかった。 それは二人が強かった訳ではなく、弱いところを見せなかっただけなのだ。 私はそれを知らず、大人が弱音を吐いたり感情を顕にしたりするのはドラマだけの世界だと思っていた。ドラマ性の排…

(45)親不孝

小学校の高学年、私は反抗期にあった。 といっても反抗の対象は親ではなく学校の教師だった。 上手く説明できないが、学校という空間がどこまでも大人中心で回されることが気に喰わなかったのだ。自分たちの存在が希薄に思えて嫌だったのだ。 と書いても何だ…

(44)みんな、心にストレスを抱えている

母は父の死を受け入れられず、今が特別不安定な精神状態なのかもしれない。 それにしてもこのまま独りにさせるわけにはいかない。 気持ちが落ち着くまでは母の妹さんに一緒に泊まり込んでもらうようお願いしてみようか。 夜の十時を過ぎた頃、私は姉と今日あ…

(43)テレビの音量が最大レベルに近い

もう寝るから、と寝室に上がった母。 しばらくしてそこからテレビの音が聞こえてくる。 しかも階下まで響くような大音量だ。心配になり私は階段を上る。 「入るよ」「うん」 襖を開けると母は布団に横たわりバラエティ番組を見ている。 「ちょっとテレビの音…

(42)父の闘病

皆で夕食を終え、妻は娘の寝かしつけに寝室へ、姉はお風呂へ。 私と母は居間で二人きりになり、お互いの近況やら昔話やらの会話を交わす。 父の生前も、父はいち早く寝室に向かうため、これは私が帰省した際の恒例の儀式のようなものとして自然とそうなる。…

(41)ピアノの音色、感情の色

市役所への手続きはまとめて翌日行うことにした。 福祉課へは取り合えず母の国民健康保険証を持参すれば話を聞いてもらえるらしい。夕方になり弔問客の足取りも一段落ついた頃、私は散らかった洋間を片づけそこにファンヒーターを運び入れた。そこには昔姉が…

(40)うつと認知症

その日の私たちの計画はこうだった。 外は雨のため妻は娘の相手をしながら弔問客にお茶を出したり、食事の支度。 姉は戴いたお香典の精算と葬儀屋への支払い。代理の方から受け取ったため香典返しを渡せていない方のリストアップなど。 そして私は市役所への…

(39)子ども扱い、大人扱い

三年前、度重なる心労を抱えた母であったが、それ以前から寝つきが悪く、心療内科から睡眠導入剤を処方されていたことは姉も知っていた。 その同じ心療内科で鬱病と診断され、つい前の年まで抗うつ剤を服用していたのだという。 これに関して知っていたのは…

(38)母が抱えた三重苦

雨が小康状態となった間隙を縫っていつものように叔母が電動自転車でやって来た。 「これみんなで食べてね」とホーローの容器に入った煮物を置いていってくれる。 用事を済ませるとそのまま腰を下ろすこともなく、軽く世間話でもして帰ることが多いのだが、…

(37)蝋燭の火が仏花に燃え移った

告別式から一夜明け、今日から限られた時間で葬儀屋への支払いやら相続手続きなど所用を片付けなければならない。 昨日から崩れ始めた天候は回復せず、私や娘などを含めた分の大量の洗濯物は部屋干しするにもスペースが足りず、干したものさえも一向に乾かず…

(36)寺との関わり、肌感覚の違い

私や姉がお布施に対して疑問を持ったのは、そもそもお布施という習わしの本質を肌感覚で理解していないからであろう。 お布施は葬儀屋に支払うサービス料とは違う。 かといって税金のように納める義務があるものでもない。 お経を読んでいただき、戒名をつけ…

(35)開基檀家の誇り

火葬が終わるまでの間は斎場でお斎。 お通夜とは違って娘が場の中心となり賑やかす。 まだ人見知りする年齢でもなく、初対面の誰の前でもマイペースに振る舞うため、場が和み助かった。 参列者は生涯独身者か旦那さんが体調を壊してる方か、先立たれた未亡人…

(34)火葬場への道

棺の蓋が閉められ、釘打ちをする。 これより火葬場に向かいますとの案内に従い、遺族はマイクロバスに、私だけが霊柩車の助手席に乗り込む。 長いクラクションが鳴り響いた。 穏やかな気候は相変わらずだが、やや雲が厚くなってきた。火葬場までは馴染みの道…

(33)家系のつづきを

昼過ぎに告別式が始まる。 読経の間、お焼香の方々と黙礼を交わす。 地元の同級生も来てくれており、その鼻頭を赤くした顔を見て何だか有り難い思いがした。 娘には読経は長過ぎるため途中で退出させる。 そして通夜に引き続き喪主としての挨拶。 「家と歴史…

(32)助太刀の到着

斎場に隣接した建物は宿泊施設になっており、「おこもり」と言って通夜の晩はそこで死者と共に夜を明かすことができる。 お斎の間に遺体はストレッチャーに乗せられそのまま宿泊部屋と仕切りのない土間に運ばれていた。 今これを書いていて気づいたのだが、…

(31)お墓の修繕

通夜の後、お斎には親族や父母と深い親交のあった方々についてもらう。 私や姉の会社関係者は遠方からはるばる駆けつけていただいたものの、電車の時間もあるため早々と帰られた。お斎の席。 私は住職の隣であり、何を話したものかと思ったが、生前の父は歴…

(30)淡々と、通夜

夕方、出棺。 近所の方々が家から出てきてお見送りをしてくれる。 お向かいの奥さんから「お父さんの育てたお花を見るのが楽しみだったのよ」と声をかけられ、お礼をする。 私以外の親族は葬儀屋のマイクロバスで斎場へ。 私は一人残って火と戸締まりを確認…

(29)健康な若者前提で成り立つ社会

仏間に寝かせた父の遺体の横には仏具が並べられ、そこに葬儀屋は二十四時間もつという蝋燭を供え、火を絶さないようにと言い残して帰っていった。 私たちの寝室は全て二階であったが、地震でも起きて蝋燭が倒れてはいけないと思い、私は仏間に隣り合った居間…

(28)父と朱鷺

父が亡くなったのは元日の夜だったのでどうなることかと思ったが、翌三日にはお通夜を営むことが出来た。正月休みの真っ只中で弔問の方には大変申し訳なくはあったのだが。 近頃の都会では火葬場が空かず、亡くなってから一週間近く待たされるケースもあるそ…

(27)終活と死期を悟ること

所有物は機能も色味も派手な趣味は一切なかった父だったので、葬儀のプランは全て中間かもしくはそれより下でよい。 ただ園芸の趣味はあったので、祭壇の周りはなるべく寂しくならないように色とりどりの花で囲もう。 そんな調子で葬儀のプランを決めていく…

(26)激動の九日間

トンネルを抜け地元駅が近づくと右手方向に日本海が広がる。 幾度となく目にした光景であるが、前の晩に父の訃報を受けた翌日、悲しみに辿り着く手前の、混沌として整理がつかない気持ちで眺める日本海は初めてだった。 私は眠れず落ち着かないまま荷物をま…

(25)灰色の空を受け入れること

テレビ番組でも認知症を取り上げる機会が増えてきた。 それもただ介護の困難を見せるのではなく、具体的な方法論も紹介してくれる。 昨日放送されたNHK特番でも、水分補給、目を見て接する、「寄り添う嘘」が必要、などの方法論が紹介されていた。 私も気づ…

(24)介護ロボットと会話ができるか

以前Pepperを触ってみたとき、独居老人にこそこんな対話式のロボットがあるといいと感じた。 今後の可能性も含め、有益な用途としてざっと思いつくだけでもこれくらいある。 ・ペット感覚として接し癒される ・予定の時間が近づいたらリマインドしてくれる …

(23)機械化に頼らざるを得ないこれから

老後の備えは貯蓄だけではない。 生活習慣病や認知症の予防、承認欲求を満たせる趣味を持つこと、居場所となるコミュニティの形成。 どれも健康な内に備えておくことでスムースに老後生活に移行できる。それともう一つ。 できれば新しい技術に触れておくこと…

(22)外界に向けての窓口の確保

ケアハウスの計画は頓挫したが、そのときも「社会性を断ってはならない」ということには気を付けていた。 施設が生活の全てになってはならない。 今まで通り躍りの稽古は続けさせてあげたい。社会性を断てばいよいよ廃人のようになってしまうだろう。 だから…

(21)承認欲求を満たすための手段

歳を重ねるごとに新しいことが始められなくなってくる。 かといって認知症になってしまっては、今まで出来ていたことすら出来なくなってしまうわけだが、比較的好きなことは残る。若い内に歳をとっても続けられるような、なるべくお金のかからない趣味を習慣…

(20)健康な内に老後のイメージを

父の死後すぐの頃、母は「何で先に行っちゃったんだろうと毎日思った」とよくこぼしていた。 その寂しさを埋めるかのように近所のお宅にお邪魔する。一度菓子折を持参し伺った先は個人経営の雑貨屋さんだったのだが、やはり母がしょっちゅうお邪魔してはお茶…

(19)デイサービスを拒む

一人身の高齢者にも様々なタイプがいる。 親族の一人はごく限られた知り合いとしか交流を持たない。別の親族は逆に広く浅くでどこにでも出かけていく。 だが二人には共通点があり、それは確固とした一人の時間の使い方を持っているということだ。 例えば読書…

(18)有り余る時間の過ごし方

認知症患者への接し方で望ましいのは、相手に笑顔になってもらうよう仕向けることだ。 これが肌感覚として分かるまでは時間がかかったが、我が家の場合、母の認知症に気づいたきっかけが父の死であったため、比較的自然な流れでそれができたように思う。母は…

(17)優しいウソ

遠方介護にも限界が見え始め、かと言ってこのままでは仮に施設が空いたとしても母は入居を拒むだろうと手詰まり感を覚えた頃。 私は認知症であることを医師から告知してもらってはどうかと姉に相談した。 私たちがこんなに口出しするのは、単に心配だからじ…

(16)認知症は自我の危機である

30も半ばを過ぎるとどの家庭でも親の健康状態に関する問題からは避けて通れない。 親族を見渡してみても、健康問題を抱えていない家庭など一つもない。ある家庭は癌であり、ある家庭では精神病であり。 勿論身体を壊したからといって、介護が必要になったか…

(15)その時代の「当たり前」は永遠ではない

現在、認知症を根本治療する方法は見つかっていない。その研究も難航しているという。 しかし長期視点で見るとその研究の歴史は始まったばかりなのだ。 電子顕微鏡によりアルツハイマーの病理が突き止められたのが1960年代だから、たかだか半世紀。その後も…

(14)「心配」の域はとっくに出ているのに

父が死に母の異変に気づいた当初、ヘルパーさんも申請中、しかし私たち姉弟は仕事もあるためそれぞれの住む所へ戻らなければならないとなり、母の妹さんに一週間だけ泊まってもらうことにした。 しかしそれも期間限定だ。 母には父のいない新しい生活に一日…

(13)正常性バイアス

習慣は身につけばつくほど変化に気づくことが出来なくなる。 お年寄りが冬場に餅を喉に詰まらせたり、雪降ろしの際に屋根から落下して怪我をしたりといった事故もみな慣れから来る過信によるものだ。 確かに一年前は大丈夫だったのだ。 しかし春夏秋とブラン…

(12)「自分は大丈夫」の壁

認知症の原因は蓄積した老廃物が脳神経細胞を死滅させるからだというところまでは分かっているらしい。 それを防ぐためには生活習慣病に気をつけること。つまり運動と食事だ。 運動はジョギングやスイミングといった有酸素運動が効果的で、食事は高血糖値の…

(11)認知症を根絶したい

今の介護の経験は無駄にはならない。 そして現時点では認知症という病とは共存していかなければならない。 それでもなお、私は認知症という病気をこの世から根絶すべきと考える。長寿と引き替えに認知症リスクを負うことになったのがこの国の現状だ。 統計に…

(10)この経験は無駄ではない

永遠に続くと思われる介護も長い人生のあるひと時だ。 そしてそれが気休めであろうとも、意味を持たせたい。認知症介護は一般的にイメージする老介護の一段階上を行く。 介護する者は本来予定していなかったお金や時間や精神力といったリソースを多く費やす…

(9)ヒトにだけ老後がある

マイナスのイメージが付きまとう「老い」とどう向き合うかが介護のポイントではないか。それは昔見た科学番組でのことなのだが、生物の中でヒトだけに老後がある、とナレーションされていた。 通常、生物は繁殖あるいは子育てを終えた時点で絶命するライフサ…

(8)「介護に正解はない」という言葉に救われた

私たち姉弟にとっては今回が初めての介護だ。父方の祖父母は短命だったため顔を見たこともない。 介護のイメージはドキュメンタリー番組で見る姿がほぼ全てだった。周囲に介護の話をすると、実は自分も祖父母が、とか親戚が、といった経験談をたびたび耳にす…

(7)育児と介護は似ている

医師の診断では現在の母の認知症の進行度合いは「初期」である。 正常時を知っている家族からすると「これで初期か」と唖然とする。 だが確かにそうかも知れない。 この先母に待ち受けているものは、介護オムツであったり家族の顔がわからなくなったりといっ…

(6)別人なんかじゃない

家族が認知症になってしまうことのショックは大きい。最初のショックは「よく知っている家族がまるで別人のようになってしまいもう戻って来ない」と考えてしまうことである。今まで普通にこなしていた家事ができなくなり、実の子の年齢を10歳も間違える。 し…

(5)ファインダー越しに覗いた世界

認知症患者の特徴として、横から話しかけられても反応できないという傾向があるらしい。母がガスコンロの鍋に火をかけたままトイレに行ってしまい、鍋が吹き零れるといったことがあった。一度や二度の話ではないのだが、その時はたまたま私が近くにいて消し…

(4)一つの関心事への執着

初めて自分たちが主体で取り仕切ることになった父の葬儀の準備は目まぐるしく、私はやるべきことの全てを大判のスケッチブックに書き出し優先順位をつけて親族で分担作業することにした。 その中で一人、母だけは思いつくままに行動した。翌日に棺を父を安置…

(3)「どうしてこうなるまで放っておいたんですか」

どうやら母が認知症のようだと気づいてから私たち親族は、母と特に親しい友人やよく立ち寄る個人経営の店舗などに足を運び事情を伝えて回った。 ほとんどの人は驚き、大変気の毒がってくれる。 それはこの病気が、遅らせることこそ出来れどもけして完治しな…

(2)日本どうすんの

母に介護が必要だと認めてから一年過ぎ、未だ出口は見えない。 母は施設への入居を拒み、数字を把握することへの困難から父の遺した貯金は空け放したの蛇口のように日々流出していく。この一年間、私の頭の中には常に二つの「どうすんの」が付きまとう。 一…