おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(56)職人の血

戦後の昭和20年代後半、日本中にパチンコブームが興ったという。 私の地元も例外ではなく、駅前をはじめとし市内には何軒ものパチンコ屋が林立した。 母の父、つまり私の母方の祖父は知り合いに話を持ち掛けられ、共同出資でパチンコ屋を開店したのだそうだ…

(55)母の幼なじみ

私と母はカメラ屋さんを後にし帰路につく。 正月明け早々とはいえ、町の商店はどこも閑散としていた。 花屋の前には軽トラックが停まり、エプロン姿の若い女性店員が重そうな鉢植えを荷下ろししている。 過疎化の進むこの町で、若者はどんなことを考え日々暮…

(54)たった一枚の家族写真

カメラ屋までは歩いて向かう。 元来母は歩くペースがそれほど速くないので歩調を合わせる。 道すがら、母は目に入る一軒一軒に対して説明を添えていく。 このお宅は我が家の遠縁であるといったような今さらな話から、ここは知り合いの誰それさんが住んでいた…

(53)命のバトンを繋ぐ世代

帰宅すると娘はもう今朝買ってもらったジグソーパズルを完成させており、誇らしげに私に見せる。 私も一仕事終えた開放感もあり顔がほころぶ。 トーストを焼き、珈琲を淹れ、皆で少し遅めの昼食をとると私と姉はお互いの情報交換。やがて母は私にこの後一緒…

(52)介護認定の申請

次に向かった先は福祉事務所。 毎度「福祉課」と書いていたが正しい名称は「福祉事務所」だ。 前の日に電話を入れてあったがその後も様々な問題が発覚しているため、改めて母のことを一から話す。 当然火災未遂の件もガスコンロを手放さない件も話した。私の…

(51)手続きの山とお役所仕事

午後になり姉と母は父の生命保険受け取りの手続きへ。私は市役所へ。まずは市民課。 葬祭費を私の口座に振り込んでもらうように書類を書く。 この時点で母の心配による精神的疲労が余程蓄積していたのであろう、このとき書いた口座番号は数字を一つ間違えて…

(50)徘徊の兆し

話し合いが終わると母はとっとと腰を上げどこかへと行く。 横になっているときもそうだが、一人で何かをしようとしているときは常に心ここにあらずといった様子だ。 周囲を見渡し誰が何をしているか等観察するといった態度が皆無なのだ。その日も不意に外套…

(49)ガスコンロにこだわる

私と姉は母を交え、父のいない、これからの新しい生活を一緒に考えようと切り出した。 まずリハビリのための通院をどうするか。 週に何度もバスで通うようなら定期券がいい。 調べると市で高齢者割引パスを発行しているようなのでこれを購入しようということ…

(48)デパスと副作用

母が処方されていた薬はデパス。 私はこのとき初めてその存在を知ったのだが、姉は自分が以前頼った薬も同じであったため知っていた。 その手の問題を抱える人たちにもお馴染みの薬であるらしい。 神経を落ち着かせる作用があるとのことで、母の不眠がやはり…

(47)問題が渋滞している

父の告別式から二日目。 母を取り巻く状況は更に深刻であることに気づかされる。 三年前にヘルニアの手術をしてから、母はしきりに足がふらつくのだと口にしていた。 そのため外科へリハビリに通っていたのだが、病院まではやや距離があり、父の運転する車で…

(46)ドラマ性を排除した我が家

子どもの頃からずっと、私は父と母の弱いところを見てこなかった。 それは二人が強かった訳ではなく、弱いところを見せなかっただけなのだ。 私はそれを知らず、大人が弱音を吐いたり感情を顕にしたりするのはドラマだけの世界だと思っていた。ドラマ性の排…

(45)親不孝

小学校の高学年、私は反抗期にあった。 といっても反抗の対象は親ではなく学校の教師だった。 上手く説明できないが、学校という空間がどこまでも大人中心で回されることが気に喰わなかったのだ。自分たちの存在が希薄に思えて嫌だったのだ。 と書いても何だ…

(44)みんな、心にストレスを抱えている

母は父の死を受け入れられず、今が特別不安定な精神状態なのかもしれない。 それにしてもこのまま独りにさせるわけにはいかない。 気持ちが落ち着くまでは母の妹さんに一緒に泊まり込んでもらうようお願いしてみようか。 夜の十時を過ぎた頃、私は姉と今日あ…

(43)テレビの音量が最大レベルに近い

もう寝るから、と寝室に上がった母。 しばらくしてそこからテレビの音が聞こえてくる。 しかも階下まで響くような大音量だ。心配になり私は階段を上る。 「入るよ」「うん」 襖を開けると母は布団に横たわりバラエティ番組を見ている。 「ちょっとテレビの音…

(42)父の闘病

皆で夕食を終え、妻は娘の寝かしつけに寝室へ、姉はお風呂へ。 私と母は居間で二人きりになり、お互いの近況やら昔話やらの会話を交わす。 父の生前も、父はいち早く寝室に向かうため、これは私が帰省した際の恒例の儀式のようなものとして自然とそうなる。…

(41)ピアノの音色、感情の色

市役所への手続きはまとめて翌日行うことにした。 福祉課へは取り合えず母の国民健康保険証を持参すれば話を聞いてもらえるらしい。夕方になり弔問客の足取りも一段落ついた頃、私は散らかった洋間を片づけそこにファンヒーターを運び入れた。そこには昔姉が…

(40)うつと認知症

その日の私たちの計画はこうだった。 外は雨のため妻は娘の相手をしながら弔問客にお茶を出したり、食事の支度。 姉は戴いたお香典の精算と葬儀屋への支払い。代理の方から受け取ったため香典返しを渡せていない方のリストアップなど。 そして私は市役所への…

(39)子ども扱い、大人扱い

三年前、度重なる心労を抱えた母であったが、それ以前から寝つきが悪く、心療内科から睡眠導入剤を処方されていたことは姉も知っていた。 その同じ心療内科で鬱病と診断され、つい前の年まで抗うつ剤を服用していたのだという。 これに関して知っていたのは…

(38)母が抱えた三重苦

雨が小康状態となった間隙を縫っていつものように叔母が電動自転車でやって来た。 「これみんなで食べてね」とホーローの容器に入った煮物を置いていってくれる。 用事を済ませるとそのまま腰を下ろすこともなく、軽く世間話でもして帰ることが多いのだが、…

(37)蝋燭の火が仏花に燃え移った

告別式から一夜明け、今日から限られた時間で葬儀屋への支払いやら相続手続きなど所用を片付けなければならない。 昨日から崩れ始めた天候は回復せず、私や娘などを含めた分の大量の洗濯物は部屋干しするにもスペースが足りず、干したものさえも一向に乾かず…

(36)寺との関わり、肌感覚の違い

私や姉がお布施に対して疑問を持ったのは、そもそもお布施という習わしの本質を肌感覚で理解していないからであろう。 お布施は葬儀屋に支払うサービス料とは違う。 かといって税金のように納める義務があるものでもない。 お経を読んでいただき、戒名をつけ…

(35)開基檀家の誇り

火葬が終わるまでの間は斎場でお斎。 お通夜とは違って娘が場の中心となり賑やかす。 まだ人見知りする年齢でもなく、初対面の誰の前でもマイペースに振る舞うため、場が和み助かった。 参列者は生涯独身者か旦那さんが体調を壊してる方か、先立たれた未亡人…

(34)火葬場への道

棺の蓋が閉められ、釘打ちをする。 これより火葬場に向かいますとの案内に従い、遺族はマイクロバスに、私だけが霊柩車の助手席に乗り込む。 長いクラクションが鳴り響いた。 穏やかな気候は相変わらずだが、やや雲が厚くなってきた。火葬場までは馴染みの道…

(33)家系のつづきを

昼過ぎに告別式が始まる。 読経の間、お焼香の方々と黙礼を交わす。 地元の同級生も来てくれており、その鼻頭を赤くした顔を見て何だか有り難い思いがした。 娘には読経は長過ぎるため途中で退出させる。 そして通夜に引き続き喪主としての挨拶。 「家と歴史…

(32)助太刀の到着

斎場に隣接した建物は宿泊施設になっており、「おこもり」と言って通夜の晩はそこで死者と共に夜を明かすことができる。 お斎の間に遺体はストレッチャーに乗せられそのまま宿泊部屋と仕切りのない土間に運ばれていた。 今これを書いていて気づいたのだが、…

(31)お墓の修繕

通夜の後、お斎には親族や父母と深い親交のあった方々についてもらう。 私や姉の会社関係者は遠方からはるばる駆けつけていただいたものの、電車の時間もあるため早々と帰られた。お斎の席。 私は住職の隣であり、何を話したものかと思ったが、生前の父は歴…

(30)淡々と、通夜

夕方、出棺。 近所の方々が家から出てきてお見送りをしてくれる。 お向かいの奥さんから「お父さんの育てたお花を見るのが楽しみだったのよ」と声をかけられ、お礼をする。 私以外の親族は葬儀屋のマイクロバスで斎場へ。 私は一人残って火と戸締まりを確認…

(29)健康な若者前提で成り立つ社会

仏間に寝かせた父の遺体の横には仏具が並べられ、そこに葬儀屋は二十四時間もつという蝋燭を供え、火を絶さないようにと言い残して帰っていった。 私たちの寝室は全て二階であったが、地震でも起きて蝋燭が倒れてはいけないと思い、私は仏間に隣り合った居間…

(28)父と朱鷺

父が亡くなったのは元日の夜だったのでどうなることかと思ったが、翌三日にはお通夜を営むことが出来た。正月休みの真っ只中で弔問の方には大変申し訳なくはあったのだが。 近頃の都会では火葬場が空かず、亡くなってから一週間近く待たされるケースもあるそ…

(27)終活と死期を悟ること

所有物は機能も色味も派手な趣味は一切なかった父だったので、葬儀のプランは全て中間かもしくはそれより下でよい。 ただ園芸の趣味はあったので、祭壇の周りはなるべく寂しくならないように色とりどりの花で囲もう。 そんな調子で葬儀のプランを決めていく…