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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(3)「どうしてこうなるまで放っておいたんですか」

どうやら母が認知症のようだと気づいてから私たち親族は、母と特に親しい友人やよく立ち寄る個人経営の店舗などに足を運び事情を伝えて回った。
ほとんどの人は驚き、大変気の毒がってくれる。
それはこの病気が、遅らせることこそ出来れどもけして完治しない病気であるという共通認識があってのことだろう。
ただ一人、勿論その方も母を気の毒がってのことではあるのだが、事情を話した親族に対し「どうしてこうなるまで放っておいたんですか」と厳しい言葉を浴びせる方がいた。

認知症は早期発見により適切な対処を取り進行を遅らせることができるという。
私たち家族は母の認知症について、もう少し早く気づくことはできたのだろうか。

今から振り返ってみても、それは難しかったであろう。
20年近く私たち姉弟は母と離れて暮らしており、年に数回顔を合わせるか、電話で数分話すくらいしか接点がなかった。
あるいは生前の父は気づけたのかもしれないが、本人自体言葉が中々出なくなっているような状態であったため、気づいていたのか、今となってはわからない。
何よりも、電話などで話す母の様子は正常だったころとまるで区別がつかず、昔のことも事細かに記憶している。

唯一、今となってみればあれが兆候だったのかと思い返すとすれば、同じ話を何度も繰り返しする回数が増えたことだったのだろうか。
しかしそれもある程度歳を重ねればどんな人にも現れる傾向である気もする。
ただこの「一つの関心事に執着する」というポイントが認知症初期の特徴であると考えると、様々な言動に合点がいくのだ。
これについては次回書きたい。