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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(5)ファインダー越しに覗いた世界

認知症患者の特徴として、横から話しかけられても反応できないという傾向があるらしい。

母がガスコンロの鍋に火をかけたままトイレに行ってしまい、鍋が吹き零れるといったことがあった。一度や二度の話ではないのだが、その時はたまたま私が近くにいて消し止めることができた。当の本人はそんなことも忘れ居間で腰を下ろしている。
「鍋、吹き零れてたよ。もう何度もやってるでしょ、気をつけてよ」
そう母の背中に話しかけるのだが返事がない。
改めて近づき目を見てもう一度注意し、ようやく「ああ、そうだったかね」と反応した。

「視野が狭い」という慣用句があるが、まさにそれなのだ。
母の目に映る世界は、まるでファインダー越しに覗いたように、ある一点にのみ焦点が絞られ、その周囲はぼやけている。そう考えると母の行動の多くに説明がいく。
だからといって何かが画期的に前向くわけではない。しかし理解することは介護する者の精神的負担を僅かながらに和らげる。

脳の中で最も輝いている記憶にスポットライトが当たっている。気がかりな事柄はその他のタスクを上書きする。
だから同じ話を何度も繰り返すのだ。
最前面に出てきた課題は片付けないと先に進めないのだ。

そして周囲がぼやけることで、本人の最も核心部分が見えてくる。
一見不可解な、理屈が通らないような言動にも、全て理由があるのである。