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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(9)ヒトにだけ老後がある

マイナスのイメージが付きまとう「老い」とどう向き合うかが介護のポイントではないか。

それは昔見た科学番組でのことなのだが、生物の中でヒトだけに老後がある、とナレーションされていた。
通常、生物は繁殖あるいは子育てを終えた時点で絶命するライフサイクルにある。
それはまるで遺伝子のバトンを受け渡すことが主目的のようだ。
だとすると何故ヒトには老後があるのだろうか。
それはヒトが高度な知能を備え、言葉という道具を有しているからではないか。
言葉によりヒトは生殖機能を失った後も、若者に知恵や技能を受け継ぐことができる。
それはヒトという種が選んだ生存戦略なのである。
概ねこのような内容だったと記憶している。

確かに長寿を実現できたということは、そこに至るまでのあらゆる死の危険を回避してきた証でもある。
過酷な自然界における病気や災害、あるいは戦争などの同種同属間のサバイバルから生き残ることができた何かしらの要因があったということなのだ。
それは医学や科学技術のおかげであり、または理性と論理的思考に基づく法の整備、平和思想を受け継ぐ文化のおかげだったりするのだろう。
逆に言えばこれら知能に頼らなければヒトという種は絶滅してしまうリスクがあるということだ。
災害を予知する基礎本能もなければ道具もなしには過酷な環境下で生命を維持することも難しい。
強靭な牙もなければ咄嗟の脅威から逃げ出すための翼もない。
我々には肉体だけに留まらない、知恵や技能が必要なのだ。
老年期を迎えることができた人はそれを知っている。
つまり老後には次の世代に、生き残ることができたヒントを伝える役目があるのである。