おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(15)その時代の「当たり前」は永遠ではない

現在、認知症を根本治療する方法は見つかっていない。その研究も難航しているという。
しかし長期視点で見るとその研究の歴史は始まったばかりなのだ。
電子顕微鏡によりアルツハイマーの病理が突き止められたのが1960年代だから、たかだか半世紀。その後も医学や科学技術は進歩し続けているのだから、今後の革新に期待できる。

私が小学生の頃、今地球上ではフロンガスの多用によりオゾンホールが広がり有害な紫外線が降り注ぐ危機にあると習った。
何となく、教科書に書いてあることはそれが永続的であるかのように錯覚してしまうのだが、実際は各国の取り組みにより2050年には塞がる見込みだという。
その時代の「当たり前」は永遠ではない。

更に私たちは凄まじい速度の技術革新を幾度となく目にしてきた。
携帯電話の普及などはまさに身をもって体感してきたし、ビデオテープからDVDへの移行も目に見えて早かった。

認知症介護を経験した身にはこれが未来永劫逃れられない人類の宿命のように感じてしまうが、そんなことはないはずだ。私の老後には間に合わないかもしれないがせめて半減くらいはしていて欲しいし、娘がお婆ちゃんになる頃までにはきっと認知症なんてものはなくなっていると信じている。
世の中、科学や技術ではどうにもならないことの方が大半なんだから、科学や技術でどうにかなるものは進めて欲しい。