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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(17)優しいウソ

遠方介護にも限界が見え始め、かと言ってこのままでは仮に施設が空いたとしても母は入居を拒むだろうと手詰まり感を覚えた頃。
私は認知症であることを医師から告知してもらってはどうかと姉に相談した。
私たちがこんなに口出しするのは、単に心配だからじゃない。自覚症状はないかも知れないけど、病気と診断されたからなんだよ。
こう言うことで病気である自覚を持ってもらい、進んで施設に入ってくれるのではないか。
私の考えはこうであった。

しかし姉の意見は違った。
かかりつけの心療内科医も、今まで一度もそういった告知はしていない。
本人に認知症を突きつけることで、自信をなくし、症状は一段と進行するのではないか。

その考えは正しかった気がする。
母は既に論理的思考ができなくなっているのだ。
病気と割り切って治療に専念するといったことなどできないはずなのだ。
ここでも私は一段抜かしの近道を選ぼうとしていた。

心を守るための論理武装ができない今、母に必要なのは現実を突きつけることではなく、居心地のよさ、心のケアなのだ。
何度も繰り返す母の昔話につき合ってあげること、共感すること、ありがとうと言うこと。
そこに私たちの本音など要らないのだ。
必要なのは、優しいウソだ。