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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(19)デイサービスを拒む

一人身の高齢者にも様々なタイプがいる。
親族の一人はごく限られた知り合いとしか交流を持たない。別の親族は逆に広く浅くでどこにでも出かけていく。
だが二人には共通点があり、それは確固とした一人の時間の使い方を持っているということだ。
例えば読書であったり、短歌を詠むといったことであったり。それは謂わば己の内面と向き合う時間とも言える。

一方母は、健康だった頃からあまりそういった傾向はなかった。
お喋りが大好きで、仲のよい友だちと躍りを観たりお茶をするのが楽しい。
一人のときはテレビを観ている時間が多く、小説のようなものよりも週刊誌をよく読んでいたイメージがある。
周りには常に父や友人といった話し相手がいたため、それでよかったのだ。

ところが父が死に、当初こそは気にかけて頻繁に足を運んでくれていた友人たちも、認知症の症状が初対面の人にも気づかれるレベルになってからは次第に遠退いていった。
仕方のないことだと思う。
しかし母は一人の時間の過ごし方を知らない。

私たちはケアマネさんとも相談し、母にデイサービスを提案した。
ところが最初の内はこれを拒む。
母のデイサービスの印象は、後期高齢者の中でも80歳を越えたような人が通うような所であるらしい。
まだ早い、そんな歳ではない。
輪になって童謡を歌うなど馬鹿らしくてできない。

それでは寂しくないかと聞くと、ちっともそんなことはないと言う。
その頃母は、友人が来てくれてないのならと、自分からあちこち出歩いては相手の都合など考えず、居たいだけそこに居るという行動に出ていたのだ。