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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(43)テレビの音量が最大レベルに近い

もう寝るから、と寝室に上がった母。
しばらくしてそこからテレビの音が聞こえてくる。
しかも階下まで響くような大音量だ。

心配になり私は階段を上る。
「入るよ」「うん」
襖を開けると母は布団に横たわりバラエティ番組を見ている。
「ちょっとテレビの音大きいんじゃない?」「そう?」
といってボリュームを下げる様子もない。
横にはまだ父の布団が並べて敷かれたままだった。
私はリモコンを手に取りボリュームを下げる。それは最大レベルに近かった。
「これくらいだと聴こえない?」「聴こえる」「そう。あんな大きいと近所迷惑だよ」「わかった」

さっきまであんなに饒舌に話していた母が、また昼間のように戻ってしまった。
打っても響かないというか、普通だったらこのような会話の中で「何故音量が大きかったのか」を説明する場面だ。
実際、母は耳は遠くないので恐らく寂しさを紛らすためだったのだと思う。
母の性格からして私にそんなことは言わないかもしれないが、せめて「聴こえづらかった」とか「間違えて大きくしすぎた」とか取り繕ってもよさそうなところだが、それもしない。

朝の蝋燭の火の件もそうだが、自分にとって都合の悪いこと、触れてほしくないことは受け流すのだ。
何も問題はない、と言わんばかりに。
また関心事が欲求の対象(今でいえばテレビ)にしかないため、近所の人がどう思うかとか、音を下げるように言った私の気持ちを汲もうとはしない。

「おやすみ」と私が部屋を出ていきしばらくして、再び大音量が戻ってきた。