おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(50)徘徊の兆し

話し合いが終わると母はとっとと腰を上げどこかへと行く。
横になっているときもそうだが、一人で何かをしようとしているときは常に心ここにあらずといった様子だ。
周囲を見渡し誰が何をしているか等観察するといった態度が皆無なのだ。

その日も不意に外套を着込んだかと思うと娘に声をかけ、「お婆ちゃんと一緒にお出掛けしよう」と言う。
私がたまたま近くにいたから良かったようなものの、下手したら二人で出掛けてしまうところだった。
「俺も行くよ」と慌てて仕度する。

外に出るときはまず私か姉に一声かけてくれと何度も繰り返し頼むのだが、今日までその約束が果たせたことは一度たりともないと言っていい。
当時は特に夕方頃、薄暗くなってからの外出が多かった。
慌てて追いかけどこに行くのか聞くと、運動のために近所を一周散歩してくるのだと言う。
これを何度も繰り返すのでその内一々は聞かないことにした。

「黄昏症候群」という言葉があることを知るのは後になってからだ。
夕暮れ時になると何かしなくてはと落ち着きがなくなる現象で、認知症患者にも多く見られるという。
目的が生じるとそこに向かって一直線。
家族への気遣いや配慮ができないのも特徴だ。

老人の徘徊はこうして起きるのだろう。
入居施設から抜け出そうとする認知症患者も同じで、話を聞けば「家に帰らなきゃ」などの何かしらの理由、目的があるのだという。
そしてその目的こそが心に抱えている不安や満たされなさであったりするので、それをケアしてやるのが介護のコツなんだそうだ。

その日の目的は孫に玩具を買ってあげること。
商店街の玩具屋まで連れていき、欲しいものを買ってあげると言う。
娘はディズニーのジグソーパズルを選んだ。
表情に笑顔こそないが、孫に喜んでもらえることで心が満たされるのであれば今の内はそれでいいのだろう。