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おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(21)承認欲求を満たすための手段

歳を重ねるごとに新しいことが始められなくなってくる。
かといって認知症になってしまっては、今まで出来ていたことすら出来なくなってしまうわけだが、比較的好きなことは残る。

若い内に歳をとっても続けられるような、なるべくお金のかからない趣味を習慣づけておく必要がある。
最も大切なのは心が満たされること、自己満足度が高いことだろう。
心の満たし方も人それぞれで、父の場合は園芸だったり、我が家の歴史にまつわる文献を紐解いて編纂することだったりした。
親族の叔母の場合は、息子さんに先立たれてからというもの、その想いを短歌に綴り、それは百首を超えるらしい。

いずれもグループに参加する必要のない、一人で完結する趣味に思える。
しかしよく考えてみると、その根っ子の部分には承認欲求が垣間見える。
父の園芸は家の至るところから目にすることが出来たため、自然と来客の目に留まり、その都度会話の種となったことだろう。
歴史を編纂した書は全て自費で装丁まで施して親族や歴史愛好家たちに配ったりもしていた。
叔母の短歌はことあるごとにコンクールに出展し、新聞に掲載されたり賞を受けたりといった話を嬉しそうに聞かせてくれる。

認知症患者にとって大切なのは賞賛、共感されること。誰かの、何かの役に立っているんだと感じることによる心の安定だと言われる。
これは認知症に限った話でもないように思える。
先日見たニュースでは、鬱を脱した体験談を記した『うつヌケ』という漫画が紹介されていた。
その中でも、鬱を脱する方法は、自分を好きになることだと書かれているのだ。
そのためにはやはり他者から気にかけてもらえること、あわよくば誉められることだろう。
承認欲求を満たすための「手段」は一つは身につけておきたいものだと思う。