おぼろ豆腐

認知症と少子高齢化について考えた記録

(74)外食したいと言うが…

姉が帰りその日の晩。
母は外食して鰻でも食べないかと言う。
これから節約するから、これで最後だと言う。
私はしばらく考える。
外食をするなとは一度も言っていない。
ただ、父が死に年金の受給額が減るのだから、今まで通りの支出では赤字になってしまうと言ったのだ。
というのも母の金銭感覚がもはやまともではないと感じていたからだ。
家には似たような服や鞄がたくさんある。一緒に買い物に出かけるとすぐに高い刺身をカゴに入れる。
節約という意識はあるが、行動が伴っていない。

それでもまだ外食は贅沢なことという認識はあるようだ。
本当ならその日限りの外食など何の問題もないのであるが、ここで外食をしてしまうとストッパーが外れそれが当たり前になってしまうのではないかという予感がした。
私よりも節約に関して口うるさい姉が居なくなったそばからこのようなことを言い出したことも不安要素の一つだ。
「節約する」という言葉もいつもの通りその場しのぎの相槌に過ぎないのではないか。
「冷蔵庫の中のもの、片付けちゃわないといけないんだ」
心を鬼にしてその日は諦めてもらった。

生まれてこの方、両親に節約しろなどと言われたことは一度もなかったのに。
学生時代は仕送りもしてもらい、足りなくなれば頼ったこともあった。
その時だって何に使ったのかだとか、バイトで稼げなどと言われたことも一度もなかったのに。

心苦しいが仕方がない。
自営業だった我が家は国民年金だ。
商売も郊外に大型量販店が林立してからはさっぱりだっただろう。蓄えも豊富なわけではない。
土地だけはあるので駐車場にしていたが、近年は借り手も少ない。
固定資産税ばかりが出ていく。
この様子では私たちもこれから頻繁に帰省せねばならないだろうから、交通費もかかる。
節約は避けては通れないのだ。

晩御飯は私が作る。
冷蔵庫のキャベツの千切りが傷みかけていたので玉子やベーコンと一緒に炒める。
久々の料理で味が少し濃くなってしまったが、母は全部食べてくれた。
本当は外食したかったのに、ごめん。
たぶん初めて母さんに振る舞う手料理だけど、こんな残りものでごめん。

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